今でも里奈には、美鶴が必要なのだ。彼女が戻ってこない限り、里奈が唐草ハウスの外へ一歩を踏み出すことはないだろう。
親友
だが、美鶴は?
そっとため息。
私が頭を突っ込む問題でもないか。
思い直し、改めてコウへ視線を移す。
「そう言えば」
声をかけられ、コウが見上げる。
「四組に何か用事?」
落ち込んだ雰囲気を打破するような、爽やかな笑顔。一瞬戸惑い、コウもゆっくりと笑った。
「いや、たださ、今日も一緒に帰れないかなと思って」
熟行くから途中までだけど と付け足すコウに、ツバサは大きく頷いてみせる。
「いいよ。待ってて」
そう言って教室へ入っていくツバサ。その姿に、コウは言いかけた言葉を飲み込んだ。
許せないっ!
鬼のごとき形相。
絶対に許せないっ!
すれ違う誰もが声をかけることもできず、ただ唖然と見送るだけ。その視線の中を、聡はひたすらに自宅を目指した。
一年の教室へ行ったが、すでに下校した後だった。
あのヤローッ
鼻息も荒く自宅の扉を押し払い、突進するように階段へ。
美鶴が緩を殴っただと? 意味もなく? 一方的に?
あり得ないっ!
これは緩の陰謀だ。そうに決まっている。
何のどんな陰謀なのか。そんなのはさっぱりわからない。だがきっと、間違いなく裏がある。
一段飛ばしで駆け上がり、一直線に義妹の部屋へ。
「入室は控えてくださいませ」
「ノックしてでも、認めません」
気位の高い、見下したような声。
同居初日にピシャリと言い放たれ、ゆえに聡は一度も緩の部屋を見たことがない。今もピッチリと閉ざされた扉。無断で入れば軽い揉め事では済まないだろうが――――
かまうもんかっ!
聡は片手で思いっきり扉を突き飛ばす。
「ゆっ」
緩! と叫ぼうとして大きく息を吸った。そうして
―――――――っ!
なっ
「なんだぁぁぁ?」
思わず声をあげる聡。その視線の先で、床に座り込む緩の後姿。
耳にはヘッドホン。両手でコントローラーを握り、まっすぐに見つめる液晶テレビ。
画面の中には金髪碧眼の麗しき男性。やんわりと微笑み、こちらを見つめる。
【あなたのような心麗しき女性こそ、この国の皇女にふさわしい】
画面の下部に表示される文字。
しばらくして、切り替わる。
【ですが皇女になってしまえば、あなたは私の手の届かない存在になってしまう】
【私にはそれが耐えられない】
【あぁ この胸を刺すような痛み。私はいったいどうしたらいいのか】
画面の中の男性が、ひどく物憂げな表情を見せる。
テレビと対峙したままの緩は、コントローラーを握り締めたまま。微動だにせず見つめている。
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